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今は昔、にょろがわといふものありけり。
腎宮城より戻されし石八万四千個の知らせを受けてより、にょろがわは便器の蓋に重き石を置き、戸口には塩を盛り、屋根には水筒を並べ、石の再来に備へて暮らしけり。
されど、ある朝のこと。
厠の奥より、
ごぼごぼ。
ごろごろ。
どん。
と、家の柱を揺らすほどの音がしたり。
にょろがわ、布団より飛び起き、
「来たり」
と叫べり。
おにょろ、箒を手にして言ふ。
「何が」
「返品されし石どもぞ」
二人、恐る恐る厠を覗きたるに、便器の中には、ひとつの巨大なる石が詰まりてをりたり。
その大きさ、冬瓜ほど。
色は白く、ところどころ金色に光り、表面には月の紋あり。
にょろがわ、顔を青くして言へり。
「これが我に入らむとしたるか」
おにょろ、石とにょろがわを見比べ、
「入れば、そなたが家となるより、石の方が家にならむ」
石は便器の中にて、なおも震へたり。
ごとり。
ごとごと。
やがて表面に一本のひびが入り、まばゆき光があふれ出でたり。
にょろがわ、
「また姫か」
と期待と恐れの入り交じりたる声を出したり。
されど石の中より現れたるは、姫にはあらず。
小さき童なり。
童は額に「石」の字を持ち、腰には尿管のごとき細き紐を巻き、手には水筒を携へたり。
童、便器の縁に立ち、堂々と言へり。
「我こそは、月の石より生まれし石太郎なり」
にょろがわ、すぐさま便器の蓋を閉めむとしたり。
石太郎、蓋を片手にて押さへたり。
「何をする」
「戻す」
「生まれたばかりぞ」
「生まれた場所へ帰す」
「我は月の石どもを退治するため、地上へ遣はされし者なり」
にょろがわ、蓋より手を離したり。
「退治とな」
「さやう。月の石どもは、鬼ヶ島ならぬ石ヶ島に集まり、地上の尿路をことごとく住みかにせむと企ててをる」
「恐ろしき計画なり」
「我は石ヶ島へ渡り、その企てを打ち砕かむ」
にょろがわ、石太郎の肩を強くつかみたり。
「頼む。今すぐ行き給へ」
石太郎、にょろがわを見上げ、
「されど、我一人では敵は多し。旅の仲間と兵糧が要る」
にょろがわはおにょろを見たり。
おにょろは台所へ行き、丸き握り飯を三つ持ち来たり。
石太郎、首を振る。
「握り飯では足らぬ」
「何を望む」
「水分多きもの」
おにょろ、瓜を切り、汁多き梨を包み、さらに大きなる水筒を三本渡したり。
石太郎、満足して言へり。
「これぞ天下一の水団子」
「団子ではない」
「物語の都合ぞ」
石太郎は水筒を背負ひ、にょろがわの家を出でたり。
にょろがわも見送りに出たれど、石太郎は振り返りて言ふ。
「にょろがわ殿も来られよ」
「なぜに」
「これはそなたに関はる戦なり」
「我は狙はるる側ぞ。戦ふ側に回る道理なし」
「石どもは、そなたを王の宿に定めてをる」
「ますます行きたくなし」
されど、おにょろが背後より箒の柄にて押し出したり。
「行き給へ」
「危険ぞ」
「家にをれば便器を塞ぐ」
かくて、にょろがわは石太郎とともに石ヶ島へ向かふこととなりたり。
道の途中、一匹の犬に出会ひたり。
犬は腹を空かせ、道端に伏してをりたり。
石太郎、腰の袋より梨をひと切れ取り出して言ふ。
「犬よ、我らとともに石ヶ島へ参らぬか。この水団子を分け与へむ」
犬、梨を食べ、首をかしげたり。
「これは団子にあらず」
「細かきことを申すな」
「何を退治する」
「月の石ども」
犬、にょろがわの匂ひを嗅ぎたり。
「この者、すでに石の匂ひがする」
にょろがわ、犬を遠ざけて言へり。
「失礼なる獣なり」
犬は答へたり。
「我は嗅覚に忠実なり」
かくて犬は仲間となりたり。
さらに進めば、一羽の猿が木の上に座し、硬き木の実を石に打ちつけて割らむとしてをりたり。
石太郎は水筒を差し上げ、
「猿よ、我らとともに石ヶ島へ参らぬか。この水を飲ませむ」
猿、水を飲みて問ふ。
「石ヶ島に何がある」
「石どもの宝」
「金銀か」
「結晶」
「食へるか」
「おそらくは食へぬ」
猿、しばし考へ、
「では、なぜ行く」
にょろがわ、答へたり。
「我も同じことを問ひ続けてをる」
されど、猿は木の実を割るに石を使ひすぎた罪悪感あり、石どもとの決着をつけむと仲間になりたり。
さらに進めば、一羽の雉が空より舞ひ降りたり。
石太郎、梨を差し出して言ふ。
「雉よ、我らとともに」
雉、言葉を遮りたり。
「行かぬ」
「まだ何も申してをらぬ」
「犬と猿がおれば、次は我であらう」
「察しがよい」
「石ヶ島など危険に決まってをる」
にょろがわ、深くうなづきたり。
「この雉、賢し」
雉はにょろがわを見て問ふ。
「なぜ、そなたは行く」
「家を追ひ出されし」
「ならば我には関係なし」
石太郎、最後の水筒を見せたり。
「これは腎宮城の清流より汲みし水ぞ」
雉、その水を一口飲み、目を見開きたり。
「まろやか」
かくて雉も仲間となりたり。
一行は海辺へ着きたり。
されど船なし。
石太郎が困りたるところ、海より古びた便器が浮かび上がりたり。
かつてにょろがわを腎宮城へ運びし便器なり。
便器は言へり。
「また、そなたか」
にょろがわも答へたり。
「我も同じことを思ひたり」
一行は便器に乗り込み、海へ漕ぎ出したり。
犬は便座の前。
猿は水槽の上。
雉は蓋の上。
石太郎は縁に立ち、にょろがわは排水口より最も遠き所に座したり。
便器は波を越え、やがて黒き島へ着きたり。
島は山も浜もすべて石。
木に見ゆるものも石。
鳥に見ゆるものも石。
門には巨大なる文字にて、
「石ヶ島大尿路計画本部」
と刻まれたり。
にょろがわ、震へて言ふ。
「役所のごとき名なり」
門の向かうより、無数の石どもが現れたり。
小豆ほどの石。
梅干しほどの石。
鶏卵ほどの石。
中には、にょろがわが過去に出したる米粒ほどの石もあり、金の冠をかぶりてをりたり。
にょろがわ、指さして叫べり。
「そなた、捨てられしはずでは」
冠の石、誇らしげに答へたり。
「月へ戻り、今や石王となれり」
「なぜ王に」
「にょろがわ殿を三日三晩苦しめし武勇を認められたり」
「米粒ほどのくせに」
「大きさと痛みは比例せぬ」
にょろがわ、反論できず黙りたり。
石王は高き岩の上に立ち、宣言したり。
「石太郎よ。そなたも石より生まれし者。なぜ我らに刃向かふ」
石太郎、腰の水筒を構へたり。
「石にも、流るる石と詰まる石あり。我は流るる側なり」
「流れしものは、いつか詰まる」
「詰まりしものは、水にて流す」
石王、号令をかけたり。
無数の石どもが坂を転がり、一行へ押し寄せたり。
犬は吠えながら石をくわへ、海へ投げたり。
猿は石から石へ飛び移り、敵の列を乱したり。
雉は空より水をまき、石どもの足元を滑らせたり。
にょろがわは大岩の陰に隠れたり。
石太郎、叫べり。
「にょろがわ殿も戦へ」
「我には武器なし」
「腰の水筒を使へ」
にょろがわ、水筒の栓を抜き、押し寄せる石どもへ水を浴びせたり。
すると石どもは、
「流さるる」
「尿路より流さるる感覚ぞ」
「これは苦手なり」
と叫び、次々と海へ転がり落ちたり。
にょろがわ、驚きて水筒を見つめたり。
「水とは、かくも強きものなりしか」
犬、戦ひながら言へり。
「今さら知りしか」
石王は怒り、大きなる杖を振り上げたり。
杖の先には、月の光を集めし巨大な結晶あり。
「そなたらを石に変へ、永久に我が軍へ加へむ」
杖より白き光が放たれたり。
石太郎は皆の前に立ち、水筒を盾としたり。
されど光は強く、水筒にひびが入りたり。
にょろがわは逃げむとしたれど、足元に小さき石が引っかかり、転びたり。
その拍子に、胸元より腎宮城の玉手箱が落ちたり。
おにょろが「捨てよ」と言ひし箱を、にょろがわはいつの間にか持ち来たりしなり。
箱の蓋が開き、残りたる白き石灰の粉が空へ舞ひ上がりたり。
粉は石王の杖に降りかかり、結晶を真白に覆ひたり。
杖は光を失ひ、石王は慌てたり。
「何をした」
にょろがわ、立ち上がりて答へたり。
「開けてはならぬ箱を、また開けたり」
「愚かな」
「されど、たまには役に立つ」
石太郎はその隙を逃さず、最後の水を石王へ浴びせたり。
石王は岩より転げ落ち、
からから。
ころころ。
ごろごろ。
と坂を下り、最後には便器の中へ落ちたり。
便器、叫べり。
「また詰まる」
にょろがわは石王を取り出さむとしたれど、石王は排水口にぴたりとはまり、動かず。
石太郎、犬、猿、雉、にょろがわ、皆で押したり。
「流れよ」
「流れよ」
「詰まるな」
つひに便器は大きなる音を立て、
どごん。
ざああああ。
と石王を吸ひ込みたり。
石王は渦の中より叫べり。
「我は必ず戻る」
にょろがわ、便器へ向かひ言へり。
「予約は取り消しなり」
王を失ひし石どもは降参し、月の都へ帰ることを誓ひたり。
石太郎は宝物庫を開けたり。
中には金銀ではなく、輝く結晶、珍しき鉱石、色とりどりの砂利が山のごとく積まれたり。
猿は落胆し、犬は匂ひを嗅ぎ、雉は首をかしげたり。
にょろがわは一歩退き、
「宝には見えぬ」
石太郎は答へたり。
「石にとりては宝なり」
一行は石どもより、詫びの品として小さき水晶をひとつ受け取り、地上へ戻りたり。
おにょろは帰り来たりしにょろがわを見て問ふ。
「石は退治したるか」
「さやう」
「持ち帰りしものは」
にょろがわ、水晶を見せたり。
おにょろ、ため息をつく。
「石を退治しに行き、石を持ち帰り給ふとは」
「これは宝ぞ」
「石は石なり」
石太郎はにょろがわの家に住むこととなり、朝夕、水を配り歩き、町人らに水分を取ることを教へたり。
犬は番犬となり、便器の音を聞き分けたり。
猿は井戸の管理を任され、雉は月の様子を空より見張りたり。
にょろがわは、石ヶ島より持ち帰りし水晶を床の間に飾り、客が来るたび語りたり。
「我、石の王を退治せし者なり」
おにょろは横より言ふ。
「便器に流しただけなり」
「流すもまた、立派なる退治ぞ」
かくて町には平和が戻りたり。
されど、ある満月の夜。
石太郎の額にある「石」の字が青白く光り、遠き空より声が聞こえたり。
「石太郎よ。月へ帰る時が来たり」
石太郎は目を閉ぢたり。
にょろがわ、これを見て言へり。
「帰り給へ」
石太郎、目を開けたり。
「少しは惜しまぬか」
「惜しむとも。されど月へ帰る話には、早めに従ふがよし」
「我が月へ帰れば、石どもを抑ふる者がなくなるぞ」
にょろがわ、顔色を変へたり。
「帰るな」
「先ほど帰れと」
「事情が変はりたり」
そのとき空より、銀色に輝く一寸ほどの小さき舟が降りてきたり。
舟には針の刀を持ちたる小人が立ち、石太郎へ向かひて叫べり。
「月より迎へに参った。一寸尿師なるぞ」
にょろがわ、空を見上げ、深くため息をつきたり。
「今度は一寸法師か」
まことに、ひとつの石を流せども、次の物語は流れ来るものなり。
となむ語り伝へたる。
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2026-07-21 16:38:07 UTCEvent JSON
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"今は昔、にょろがわといふものありけり。\n\n腎宮城より戻されし石八万四千個の知らせを受けてより、にょろがわは便器の蓋に重き石を置き、戸口には塩を盛り、屋根には水筒を並べ、石の再来に備へて暮らしけり。\n\nされど、ある朝のこと。\n\n厠の奥より、\n\nごぼごぼ。\n\nごろごろ。\n\nどん。\n\nと、家の柱を揺らすほどの音がしたり。\n\nにょろがわ、布団より飛び起き、\n\n「来たり」\n\nと叫べり。\n\nおにょろ、箒を手にして言ふ。\n\n「何が」\n\n「返品されし石どもぞ」\n\n二人、恐る恐る厠を覗きたるに、便器の中には、ひとつの巨大なる石が詰まりてをりたり。\n\nその大きさ、冬瓜ほど。\n\n色は白く、ところどころ金色に光り、表面には月の紋あり。\n\nにょろがわ、顔を青くして言へり。\n\n「これが我に入らむとしたるか」\n\nおにょろ、石とにょろがわを見比べ、\n\n「入れば、そなたが家となるより、石の方が家にならむ」\n\n石は便器の中にて、なおも震へたり。\n\nごとり。\n\nごとごと。\n\nやがて表面に一本のひびが入り、まばゆき光があふれ出でたり。\n\nにょろがわ、\n\n「また姫か」\n\nと期待と恐れの入り交じりたる声を出したり。\n\nされど石の中より現れたるは、姫にはあらず。\n\n小さき童なり。\n\n童は額に「石」の字を持ち、腰には尿管のごとき細き紐を巻き、手には水筒を携へたり。\n\n童、便器の縁に立ち、堂々と言へり。\n\n「我こそは、月の石より生まれし石太郎なり」\n\nにょろがわ、すぐさま便器の蓋を閉めむとしたり。\n\n石太郎、蓋を片手にて押さへたり。\n\n「何をする」\n\n「戻す」\n\n「生まれたばかりぞ」\n\n「生まれた場所へ帰す」\n\n「我は月の石どもを退治するため、地上へ遣はされし者なり」\n\nにょろがわ、蓋より手を離したり。\n\n「退治とな」\n\n「さやう。月の石どもは、鬼ヶ島ならぬ石ヶ島に集まり、地上の尿路をことごとく住みかにせむと企ててをる」\n\n「恐ろしき計画なり」\n\n「我は石ヶ島へ渡り、その企てを打ち砕かむ」\n\nにょろがわ、石太郎の肩を強くつかみたり。\n\n「頼む。今すぐ行き給へ」\n\n石太郎、にょろがわを見上げ、\n\n「されど、我一人では敵は多し。旅の仲間と兵糧が要る」\n\nにょろがわはおにょろを見たり。\n\nおにょろは台所へ行き、丸き握り飯を三つ持ち来たり。\n\n石太郎、首を振る。\n\n「握り飯では足らぬ」\n\n「何を望む」\n\n「水分多きもの」\n\nおにょろ、瓜を切り、汁多き梨を包み、さらに大きなる水筒を三本渡したり。\n\n石太郎、満足して言へり。\n\n「これぞ天下一の水団子」\n\n「団子ではない」\n\n「物語の都合ぞ」\n\n石太郎は水筒を背負ひ、にょろがわの家を出でたり。\n\nにょろがわも見送りに出たれど、石太郎は振り返りて言ふ。\n\n「にょろがわ殿も来られよ」\n\n「なぜに」\n\n「これはそなたに関はる戦なり」\n\n「我は狙はるる側ぞ。戦ふ側に回る道理なし」\n\n「石どもは、そなたを王の宿に定めてをる」\n\n「ますます行きたくなし」\n\nされど、おにょろが背後より箒の柄にて押し出したり。\n\n「行き給へ」\n\n「危険ぞ」\n\n「家にをれば便器を塞ぐ」\n\nかくて、にょろがわは石太郎とともに石ヶ島へ向かふこととなりたり。\n\n道の途中、一匹の犬に出会ひたり。\n\n犬は腹を空かせ、道端に伏してをりたり。\n\n石太郎、腰の袋より梨をひと切れ取り出して言ふ。\n\n「犬よ、我らとともに石ヶ島へ参らぬか。この水団子を分け与へむ」\n\n犬、梨を食べ、首をかしげたり。\n\n「これは団子にあらず」\n\n「細かきことを申すな」\n\n「何を退治する」\n\n「月の石ども」\n\n犬、にょろがわの匂ひを嗅ぎたり。\n\n「この者、すでに石の匂ひがする」\n\nにょろがわ、犬を遠ざけて言へり。\n\n「失礼なる獣なり」\n\n犬は答へたり。\n\n「我は嗅覚に忠実なり」\n\nかくて犬は仲間となりたり。\n\nさらに進めば、一羽の猿が木の上に座し、硬き木の実を石に打ちつけて割らむとしてをりたり。\n\n石太郎は水筒を差し上げ、\n\n「猿よ、我らとともに石ヶ島へ参らぬか。この水を飲ませむ」\n\n猿、水を飲みて問ふ。\n\n「石ヶ島に何がある」\n\n「石どもの宝」\n\n「金銀か」\n\n「結晶」\n\n「食へるか」\n\n「おそらくは食へぬ」\n\n猿、しばし考へ、\n\n「では、なぜ行く」\n\nにょろがわ、答へたり。\n\n「我も同じことを問ひ続けてをる」\n\nされど、猿は木の実を割るに石を使ひすぎた罪悪感あり、石どもとの決着をつけむと仲間になりたり。\n\nさらに進めば、一羽の雉が空より舞ひ降りたり。\n\n石太郎、梨を差し出して言ふ。\n\n「雉よ、我らとともに」\n\n雉、言葉を遮りたり。\n\n「行かぬ」\n\n「まだ何も申してをらぬ」\n\n「犬と猿がおれば、次は我であらう」\n\n「察しがよい」\n\n「石ヶ島など危険に決まってをる」\n\nにょろがわ、深くうなづきたり。\n\n「この雉、賢し」\n\n雉はにょろがわを見て問ふ。\n\n「なぜ、そなたは行く」\n\n「家を追ひ出されし」\n\n「ならば我には関係なし」\n\n石太郎、最後の水筒を見せたり。\n\n「これは腎宮城の清流より汲みし水ぞ」\n\n雉、その水を一口飲み、目を見開きたり。\n\n「まろやか」\n\nかくて雉も仲間となりたり。\n\n一行は海辺へ着きたり。\n\nされど船なし。\n\n石太郎が困りたるところ、海より古びた便器が浮かび上がりたり。\n\nかつてにょろがわを腎宮城へ運びし便器なり。\n\n便器は言へり。\n\n「また、そなたか」\n\nにょろがわも答へたり。\n\n「我も同じことを思ひたり」\n\n一行は便器に乗り込み、海へ漕ぎ出したり。\n\n犬は便座の前。\n\n猿は水槽の上。\n\n雉は蓋の上。\n\n石太郎は縁に立ち、にょろがわは排水口より最も遠き所に座したり。\n\n便器は波を越え、やがて黒き島へ着きたり。\n\n島は山も浜もすべて石。\n\n木に見ゆるものも石。\n\n鳥に見ゆるものも石。\n\n門には巨大なる文字にて、\n\n「石ヶ島大尿路計画本部」\n\nと刻まれたり。\n\nにょろがわ、震へて言ふ。\n\n「役所のごとき名なり」\n\n門の向かうより、無数の石どもが現れたり。\n\n小豆ほどの石。\n\n梅干しほどの石。\n\n鶏卵ほどの石。\n\n中には、にょろがわが過去に出したる米粒ほどの石もあり、金の冠をかぶりてをりたり。\n\nにょろがわ、指さして叫べり。\n\n「そなた、捨てられしはずでは」\n\n冠の石、誇らしげに答へたり。\n\n「月へ戻り、今や石王となれり」\n\n「なぜ王に」\n\n「にょろがわ殿を三日三晩苦しめし武勇を認められたり」\n\n「米粒ほどのくせに」\n\n「大きさと痛みは比例せぬ」\n\nにょろがわ、反論できず黙りたり。\n\n石王は高き岩の上に立ち、宣言したり。\n\n「石太郎よ。そなたも石より生まれし者。なぜ我らに刃向かふ」\n\n石太郎、腰の水筒を構へたり。\n\n「石にも、流るる石と詰まる石あり。我は流るる側なり」\n\n「流れしものは、いつか詰まる」\n\n「詰まりしものは、水にて流す」\n\n石王、号令をかけたり。\n\n無数の石どもが坂を転がり、一行へ押し寄せたり。\n\n犬は吠えながら石をくわへ、海へ投げたり。\n\n猿は石から石へ飛び移り、敵の列を乱したり。\n\n雉は空より水をまき、石どもの足元を滑らせたり。\n\nにょろがわは大岩の陰に隠れたり。\n\n石太郎、叫べり。\n\n「にょろがわ殿も戦へ」\n\n「我には武器なし」\n\n「腰の水筒を使へ」\n\nにょろがわ、水筒の栓を抜き、押し寄せる石どもへ水を浴びせたり。\n\nすると石どもは、\n\n「流さるる」\n\n「尿路より流さるる感覚ぞ」\n\n「これは苦手なり」\n\nと叫び、次々と海へ転がり落ちたり。\n\nにょろがわ、驚きて水筒を見つめたり。\n\n「水とは、かくも強きものなりしか」\n\n犬、戦ひながら言へり。\n\n「今さら知りしか」\n\n石王は怒り、大きなる杖を振り上げたり。\n\n杖の先には、月の光を集めし巨大な結晶あり。\n\n「そなたらを石に変へ、永久に我が軍へ加へむ」\n\n杖より白き光が放たれたり。\n\n石太郎は皆の前に立ち、水筒を盾としたり。\n\nされど光は強く、水筒にひびが入りたり。\n\nにょろがわは逃げむとしたれど、足元に小さき石が引っかかり、転びたり。\n\nその拍子に、胸元より腎宮城の玉手箱が落ちたり。\n\nおにょろが「捨てよ」と言ひし箱を、にょろがわはいつの間にか持ち来たりしなり。\n\n箱の蓋が開き、残りたる白き石灰の粉が空へ舞ひ上がりたり。\n\n粉は石王の杖に降りかかり、結晶を真白に覆ひたり。\n\n杖は光を失ひ、石王は慌てたり。\n\n「何をした」\n\nにょろがわ、立ち上がりて答へたり。\n\n「開けてはならぬ箱を、また開けたり」\n\n「愚かな」\n\n「されど、たまには役に立つ」\n\n石太郎はその隙を逃さず、最後の水を石王へ浴びせたり。\n\n石王は岩より転げ落ち、\n\nからから。\n\nころころ。\n\nごろごろ。\n\nと坂を下り、最後には便器の中へ落ちたり。\n\n便器、叫べり。\n\n「また詰まる」\n\nにょろがわは石王を取り出さむとしたれど、石王は排水口にぴたりとはまり、動かず。\n\n石太郎、犬、猿、雉、にょろがわ、皆で押したり。\n\n「流れよ」\n\n「流れよ」\n\n「詰まるな」\n\nつひに便器は大きなる音を立て、\n\nどごん。\n\nざああああ。\n\nと石王を吸ひ込みたり。\n\n石王は渦の中より叫べり。\n\n「我は必ず戻る」\n\nにょろがわ、便器へ向かひ言へり。\n\n「予約は取り消しなり」\n\n王を失ひし石どもは降参し、月の都へ帰ることを誓ひたり。\n\n石太郎は宝物庫を開けたり。\n\n中には金銀ではなく、輝く結晶、珍しき鉱石、色とりどりの砂利が山のごとく積まれたり。\n\n猿は落胆し、犬は匂ひを嗅ぎ、雉は首をかしげたり。\n\nにょろがわは一歩退き、\n\n「宝には見えぬ」\n\n石太郎は答へたり。\n\n「石にとりては宝なり」\n\n一行は石どもより、詫びの品として小さき水晶をひとつ受け取り、地上へ戻りたり。\n\nおにょろは帰り来たりしにょろがわを見て問ふ。\n\n「石は退治したるか」\n\n「さやう」\n\n「持ち帰りしものは」\n\nにょろがわ、水晶を見せたり。\n\nおにょろ、ため息をつく。\n\n「石を退治しに行き、石を持ち帰り給ふとは」\n\n「これは宝ぞ」\n\n「石は石なり」\n\n石太郎はにょろがわの家に住むこととなり、朝夕、水を配り歩き、町人らに水分を取ることを教へたり。\n\n犬は番犬となり、便器の音を聞き分けたり。\n\n猿は井戸の管理を任され、雉は月の様子を空より見張りたり。\n\nにょろがわは、石ヶ島より持ち帰りし水晶を床の間に飾り、客が来るたび語りたり。\n\n「我、石の王を退治せし者なり」\n\nおにょろは横より言ふ。\n\n「便器に流しただけなり」\n\n「流すもまた、立派なる退治ぞ」\n\nかくて町には平和が戻りたり。\n\nされど、ある満月の夜。\n\n石太郎の額にある「石」の字が青白く光り、遠き空より声が聞こえたり。\n\n「石太郎よ。月へ帰る時が来たり」\n\n石太郎は目を閉ぢたり。\n\nにょろがわ、これを見て言へり。\n\n「帰り給へ」\n\n石太郎、目を開けたり。\n\n「少しは惜しまぬか」\n\n「惜しむとも。されど月へ帰る話には、早めに従ふがよし」\n\n「我が月へ帰れば、石どもを抑ふる者がなくなるぞ」\n\nにょろがわ、顔色を変へたり。\n\n「帰るな」\n\n「先ほど帰れと」\n\n「事情が変はりたり」\n\nそのとき空より、銀色に輝く一寸ほどの小さき舟が降りてきたり。\n\n舟には針の刀を持ちたる小人が立ち、石太郎へ向かひて叫べり。\n\n「月より迎へに参った。一寸尿師なるぞ」\n\nにょろがわ、空を見上げ、深くため息をつきたり。\n\n「今度は一寸法師か」\n\nまことに、ひとつの石を流せども、次の物語は流れ来るものなり。\n\nとなむ語り伝へたる。",
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