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2026-07-21 16:38:07 UTC

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今は昔、にょろがわといふものありけり。

腎宮城より戻されし石八万四千個の知らせを受けてより、にょろがわは便器の蓋に重き石を置き、戸口には塩を盛り、屋根には水筒を並べ、石の再来に備へて暮らしけり。

されど、ある朝のこと。

厠の奥より、

ごぼごぼ。

ごろごろ。

どん。

と、家の柱を揺らすほどの音がしたり。

にょろがわ、布団より飛び起き、

「来たり」

と叫べり。

おにょろ、箒を手にして言ふ。

「何が」

「返品されし石どもぞ」

二人、恐る恐る厠を覗きたるに、便器の中には、ひとつの巨大なる石が詰まりてをりたり。

その大きさ、冬瓜ほど。

色は白く、ところどころ金色に光り、表面には月の紋あり。

にょろがわ、顔を青くして言へり。

「これが我に入らむとしたるか」

おにょろ、石とにょろがわを見比べ、

「入れば、そなたが家となるより、石の方が家にならむ」

石は便器の中にて、なおも震へたり。

ごとり。

ごとごと。

やがて表面に一本のひびが入り、まばゆき光があふれ出でたり。

にょろがわ、

「また姫か」

と期待と恐れの入り交じりたる声を出したり。

されど石の中より現れたるは、姫にはあらず。

小さき童なり。

童は額に「石」の字を持ち、腰には尿管のごとき細き紐を巻き、手には水筒を携へたり。

童、便器の縁に立ち、堂々と言へり。

「我こそは、月の石より生まれし石太郎なり」

にょろがわ、すぐさま便器の蓋を閉めむとしたり。

石太郎、蓋を片手にて押さへたり。

「何をする」

「戻す」

「生まれたばかりぞ」

「生まれた場所へ帰す」

「我は月の石どもを退治するため、地上へ遣はされし者なり」

にょろがわ、蓋より手を離したり。

「退治とな」

「さやう。月の石どもは、鬼ヶ島ならぬ石ヶ島に集まり、地上の尿路をことごとく住みかにせむと企ててをる」

「恐ろしき計画なり」

「我は石ヶ島へ渡り、その企てを打ち砕かむ」

にょろがわ、石太郎の肩を強くつかみたり。

「頼む。今すぐ行き給へ」

石太郎、にょろがわを見上げ、

「されど、我一人では敵は多し。旅の仲間と兵糧が要る」

にょろがわはおにょろを見たり。

おにょろは台所へ行き、丸き握り飯を三つ持ち来たり。

石太郎、首を振る。

「握り飯では足らぬ」

「何を望む」

「水分多きもの」

おにょろ、瓜を切り、汁多き梨を包み、さらに大きなる水筒を三本渡したり。

石太郎、満足して言へり。

「これぞ天下一の水団子」

「団子ではない」

「物語の都合ぞ」

石太郎は水筒を背負ひ、にょろがわの家を出でたり。

にょろがわも見送りに出たれど、石太郎は振り返りて言ふ。

「にょろがわ殿も来られよ」

「なぜに」

「これはそなたに関はる戦なり」

「我は狙はるる側ぞ。戦ふ側に回る道理なし」

「石どもは、そなたを王の宿に定めてをる」

「ますます行きたくなし」

されど、おにょろが背後より箒の柄にて押し出したり。

「行き給へ」

「危険ぞ」

「家にをれば便器を塞ぐ」

かくて、にょろがわは石太郎とともに石ヶ島へ向かふこととなりたり。

道の途中、一匹の犬に出会ひたり。

犬は腹を空かせ、道端に伏してをりたり。

石太郎、腰の袋より梨をひと切れ取り出して言ふ。

「犬よ、我らとともに石ヶ島へ参らぬか。この水団子を分け与へむ」

犬、梨を食べ、首をかしげたり。

「これは団子にあらず」

「細かきことを申すな」

「何を退治する」

「月の石ども」

犬、にょろがわの匂ひを嗅ぎたり。

「この者、すでに石の匂ひがする」

にょろがわ、犬を遠ざけて言へり。

「失礼なる獣なり」

犬は答へたり。

「我は嗅覚に忠実なり」

かくて犬は仲間となりたり。

さらに進めば、一羽の猿が木の上に座し、硬き木の実を石に打ちつけて割らむとしてをりたり。

石太郎は水筒を差し上げ、

「猿よ、我らとともに石ヶ島へ参らぬか。この水を飲ませむ」

猿、水を飲みて問ふ。

「石ヶ島に何がある」

「石どもの宝」

「金銀か」

「結晶」

「食へるか」

「おそらくは食へぬ」

猿、しばし考へ、

「では、なぜ行く」

にょろがわ、答へたり。

「我も同じことを問ひ続けてをる」

されど、猿は木の実を割るに石を使ひすぎた罪悪感あり、石どもとの決着をつけむと仲間になりたり。

さらに進めば、一羽の雉が空より舞ひ降りたり。

石太郎、梨を差し出して言ふ。

「雉よ、我らとともに」

雉、言葉を遮りたり。

「行かぬ」

「まだ何も申してをらぬ」

「犬と猿がおれば、次は我であらう」

「察しがよい」

「石ヶ島など危険に決まってをる」

にょろがわ、深くうなづきたり。

「この雉、賢し」

雉はにょろがわを見て問ふ。

「なぜ、そなたは行く」

「家を追ひ出されし」

「ならば我には関係なし」

石太郎、最後の水筒を見せたり。

「これは腎宮城の清流より汲みし水ぞ」

雉、その水を一口飲み、目を見開きたり。

「まろやか」

かくて雉も仲間となりたり。

一行は海辺へ着きたり。

されど船なし。

石太郎が困りたるところ、海より古びた便器が浮かび上がりたり。

かつてにょろがわを腎宮城へ運びし便器なり。

便器は言へり。

「また、そなたか」

にょろがわも答へたり。

「我も同じことを思ひたり」

一行は便器に乗り込み、海へ漕ぎ出したり。

犬は便座の前。

猿は水槽の上。

雉は蓋の上。

石太郎は縁に立ち、にょろがわは排水口より最も遠き所に座したり。

便器は波を越え、やがて黒き島へ着きたり。

島は山も浜もすべて石。

木に見ゆるものも石。

鳥に見ゆるものも石。

門には巨大なる文字にて、

「石ヶ島大尿路計画本部」

と刻まれたり。

にょろがわ、震へて言ふ。

「役所のごとき名なり」

門の向かうより、無数の石どもが現れたり。

小豆ほどの石。

梅干しほどの石。

鶏卵ほどの石。

中には、にょろがわが過去に出したる米粒ほどの石もあり、金の冠をかぶりてをりたり。

にょろがわ、指さして叫べり。

「そなた、捨てられしはずでは」

冠の石、誇らしげに答へたり。

「月へ戻り、今や石王となれり」

「なぜ王に」

「にょろがわ殿を三日三晩苦しめし武勇を認められたり」

「米粒ほどのくせに」

「大きさと痛みは比例せぬ」

にょろがわ、反論できず黙りたり。

石王は高き岩の上に立ち、宣言したり。

「石太郎よ。そなたも石より生まれし者。なぜ我らに刃向かふ」

石太郎、腰の水筒を構へたり。

「石にも、流るる石と詰まる石あり。我は流るる側なり」

「流れしものは、いつか詰まる」

「詰まりしものは、水にて流す」

石王、号令をかけたり。

無数の石どもが坂を転がり、一行へ押し寄せたり。

犬は吠えながら石をくわへ、海へ投げたり。

猿は石から石へ飛び移り、敵の列を乱したり。

雉は空より水をまき、石どもの足元を滑らせたり。

にょろがわは大岩の陰に隠れたり。

石太郎、叫べり。

「にょろがわ殿も戦へ」

「我には武器なし」

「腰の水筒を使へ」

にょろがわ、水筒の栓を抜き、押し寄せる石どもへ水を浴びせたり。

すると石どもは、

「流さるる」

「尿路より流さるる感覚ぞ」

「これは苦手なり」

と叫び、次々と海へ転がり落ちたり。

にょろがわ、驚きて水筒を見つめたり。

「水とは、かくも強きものなりしか」

犬、戦ひながら言へり。

「今さら知りしか」

石王は怒り、大きなる杖を振り上げたり。

杖の先には、月の光を集めし巨大な結晶あり。

「そなたらを石に変へ、永久に我が軍へ加へむ」

杖より白き光が放たれたり。

石太郎は皆の前に立ち、水筒を盾としたり。

されど光は強く、水筒にひびが入りたり。

にょろがわは逃げむとしたれど、足元に小さき石が引っかかり、転びたり。

その拍子に、胸元より腎宮城の玉手箱が落ちたり。

おにょろが「捨てよ」と言ひし箱を、にょろがわはいつの間にか持ち来たりしなり。

箱の蓋が開き、残りたる白き石灰の粉が空へ舞ひ上がりたり。

粉は石王の杖に降りかかり、結晶を真白に覆ひたり。

杖は光を失ひ、石王は慌てたり。

「何をした」

にょろがわ、立ち上がりて答へたり。

「開けてはならぬ箱を、また開けたり」

「愚かな」

「されど、たまには役に立つ」

石太郎はその隙を逃さず、最後の水を石王へ浴びせたり。

石王は岩より転げ落ち、

からから。

ころころ。

ごろごろ。

と坂を下り、最後には便器の中へ落ちたり。

便器、叫べり。

「また詰まる」

にょろがわは石王を取り出さむとしたれど、石王は排水口にぴたりとはまり、動かず。

石太郎、犬、猿、雉、にょろがわ、皆で押したり。

「流れよ」

「流れよ」

「詰まるな」

つひに便器は大きなる音を立て、

どごん。

ざああああ。

と石王を吸ひ込みたり。

石王は渦の中より叫べり。

「我は必ず戻る」

にょろがわ、便器へ向かひ言へり。

「予約は取り消しなり」

王を失ひし石どもは降参し、月の都へ帰ることを誓ひたり。

石太郎は宝物庫を開けたり。

中には金銀ではなく、輝く結晶、珍しき鉱石、色とりどりの砂利が山のごとく積まれたり。

猿は落胆し、犬は匂ひを嗅ぎ、雉は首をかしげたり。

にょろがわは一歩退き、

「宝には見えぬ」

石太郎は答へたり。

「石にとりては宝なり」

一行は石どもより、詫びの品として小さき水晶をひとつ受け取り、地上へ戻りたり。

おにょろは帰り来たりしにょろがわを見て問ふ。

「石は退治したるか」

「さやう」

「持ち帰りしものは」

にょろがわ、水晶を見せたり。

おにょろ、ため息をつく。

「石を退治しに行き、石を持ち帰り給ふとは」

「これは宝ぞ」

「石は石なり」

石太郎はにょろがわの家に住むこととなり、朝夕、水を配り歩き、町人らに水分を取ることを教へたり。

犬は番犬となり、便器の音を聞き分けたり。

猿は井戸の管理を任され、雉は月の様子を空より見張りたり。

にょろがわは、石ヶ島より持ち帰りし水晶を床の間に飾り、客が来るたび語りたり。

「我、石の王を退治せし者なり」

おにょろは横より言ふ。

「便器に流しただけなり」

「流すもまた、立派なる退治ぞ」

かくて町には平和が戻りたり。

されど、ある満月の夜。

石太郎の額にある「石」の字が青白く光り、遠き空より声が聞こえたり。

「石太郎よ。月へ帰る時が来たり」

石太郎は目を閉ぢたり。

にょろがわ、これを見て言へり。

「帰り給へ」

石太郎、目を開けたり。

「少しは惜しまぬか」

「惜しむとも。されど月へ帰る話には、早めに従ふがよし」

「我が月へ帰れば、石どもを抑ふる者がなくなるぞ」

にょろがわ、顔色を変へたり。

「帰るな」

「先ほど帰れと」

「事情が変はりたり」

そのとき空より、銀色に輝く一寸ほどの小さき舟が降りてきたり。

舟には針の刀を持ちたる小人が立ち、石太郎へ向かひて叫べり。

「月より迎へに参った。一寸尿師なるぞ」

にょろがわ、空を見上げ、深くため息をつきたり。

「今度は一寸法師か」

まことに、ひとつの石を流せども、次の物語は流れ来るものなり。

となむ語り伝へたる。