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2026-07-21 16:24:33 UTC

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今は昔、にょろがわといふもの、尿路の石を退けてより、朝夕に水を飲み、つつがなく暮らしけり。

されど、石に苦しめられし記憶は深く、道に小石あれば避け、庭石を見れば一礼し、碁石を見ても腰を引くほどになりにけり。

ある宵のこと、にょろがわ、町外れの道を歩みけるに、一本の電柱、夜闇の中にほの白く光りたり。

「怪しきことかな」

と思ひて近寄り見るに、電柱の中ほどに小さき裂け目あり。その裂け目より、金色の光さし出でたり。

にょろがわ、かぐや姫の昔語りを思ひ出し、

「さては、この中に世にも美しき姫など住み給ふか」

と胸をときめかせたり。

されど、電柱は竹より太く、切るにも鋸なし。

ゆゑに、道端に落ちたる傘の柄を拾ひ、裂け目をつつきたり。

すると電柱の中より、

からん。

と音して、ひとつの石、落ち出でたり。

石は梅干しほどの大きさにて、月の光を受け、青白く輝きたり。

にょろがわ、これを見るや、顔色を失ひ、

「石」

と言へり。

石、答へず。

「なぜ電柱より出づる」

石、なほ答へず。

「竹より姫が出づるは聞きしことあり。されど電柱より石が出づる物語など、誰が喜ばむ」

と言ひて逃げむとしたるに、石、にわかに震へて声を発したり。

「にょろがわ殿」

にょろがわ、腰を抜かしたり。

「石が名を呼びたり」

「さやう」

「石が申したり」

「さやう」

「頼む。二度と我が体内には入るな」

すると石、ころころと転がり、にょろがわの足元に近寄りたり。

「我は月の都より遣はされし石なり」

にょろがわ、さらに後ずさり、

「月にも石は足りてをらぬか。空を見れば、あれほど岩だらけに見ゆるに」

「我は月の使者なり。そなたを迎へに参りたり」

「誰を」

「そなたを」

「どこへ」

「月へ」

にょろがわ、しばし黙りたり。

やがて石を両手に取り、額を地につけんばかりにして言へり。

「それだけは、どうか勘弁して給へ」

石、驚きて、

「月の都は清らかにして、老いも病もなきところぞ」

「尿路結石もなきか」

「おそらくは」

「おそらくでは困る」

「地上の苦しみを捨て、永遠の命を得ることもできむ」

「永遠に水を飲み続くるのは苦しからむか」

「水など飲まずとも生きらるる」

にょろがわ、これを聞き、少し心動きたり。

されど、月を見上げれば、まるく白く輝き、その表面には無数の石の影あり。

にょろがわ、震へながら問ひたり。

「月には、石、多きや」

「大いに多し」

「いかほど」

「野も山も谷も、ほぼ石なり」

にょろがわ、石を地に置き、深々と頭を下げたり。

「頼む。そなたのみ月へ帰り給へ」

「されど我は、そなたを連れ帰る使命を負ひたり」

「我は地上を愛してをる」

「先ほどまで月の都に心動きし顔をしてをりしが」

「今、地上への愛に目覚めたり」

「まことか」

「地上には川あり、海あり、井戸あり、水道あり。月には水道料金の請求書すらあるまじ」

石、しばし考へたり。

「確かに、月に水道はなし」

「されば帰り給へ。月へ帰りて、仲間の石どもに伝へよ。にょろがわは達者なり。迎へは無用とな」

石、寂しげに光り、

「されど月の帝は、そなたをいたく気に入り給へり」

「なぜに」

「以前そなたより出でし石、月へ戻りて申したる。にょろがわ殿の体内は温かく、居心地よきところなり、と」

にょろがわ、絶叫したり。

「おにょろが庭へ投げし、あの石か」

「さやう。あの者、今や月の石たちの間にて、地上旅行の語り部となれり」

「いらぬことを語り伝へたり」

「月の石ども、皆そなたのもとへ降りたがりてをる」

にょろがわ、青ざめ、電柱にすがりつきたり。

「この電柱も、もしや」

「月より地上へ石を送る道なり」

すると、電柱の奥より、

から。

からから。

ごろごろ。

と、無数の石の転がる音が聞こえたり。

にょろがわ、泣きながら石に訴へたり。

「帰ってくれ」

石、黙りたり。

「月へ帰ってくれ」

石、動かず。

「頼むから、仲間を連れて帰ってくれ。月ならば広かろう。野も山も谷も石ならば、石同士にて仲良く暮らせばよからむ」

「されど、月にはにょろがわ殿がおらぬ」

「我がおらずとも月は回る」

「寂しきことを言ひ給ふな」

「寂しさは水を飲めば紛るる」

そのとき、夜空より一筋の白き光、電柱を照らしたり。

石は宙に浮かび、月へ向かひて昇り始めたり。

にょろがわ、安堵して手を振り、

「達者でな。二度と来るな」

と言へり。

石、空より答へたり。

「必ずまた参る」

「来るな」

「仲間を連れて参る」

「やめよ」

「次の満月を待ち給へ」

「待たぬ」

石は光の中へ消えたり。

その夜より、にょろがわは町中の電柱に耳を当てて歩くやうになりたり。

電柱の内より石の音がせぬか確かむるためなり。

町人ら、

「近ごろ、にょろがわ殿は電柱と話をしてをる」

と噂したり。

おにょろ、これを恥ぢて、

「せめて夜にし給へ」

と言へども、にょろがわは聞かず。

満月の夜ともなれば、水筒を五つ抱へ、電柱の前に立ち、

「月の者どもよ。ここは満室なり」

と叫び続けたり。

その甲斐ありてか、再び石の降り来ることはなかりけり。

ただし、ある朝、電柱の根元に一枚の札が置かれたり。

札には月の文字にて、かく書かれてありけり。

「次回入居、予約済み」

にょろがわ、これを読みて気を失ひたり。

おにょろは札を拾ひ、裏返して見たり。

そこには小さく、

「入居先 左の尿路」

とありけるとなむ。

まことに、月は遠くとも、石の縁は近きものなり。